人虎伝


HOME(漢文記事一覧)



   下の画像クリックで次の画像に進みます。

     [ 現代語訳・書き下し文・読み ]

       [ 現代語訳 ]

隴西の李徴は、皇族の子孫である。虢略に家を構えた。
李徴は若い頃から博学で、巧みに詩文を作る。
二十歳で地方長官の推薦を受け、当時は名士と呼ばれた。
天宝十五年の春、尚書省政務次官楊元の責任の元、進士に及第した。
その後数年して、江南地方の県尉に選任される。
李徴は性格的に気ままで人と親しまず、才能を自負して、おごり高ぶって尊大である。
下級役人の地位に甘んじることができなかった。
いつも鬱鬱として楽しまなかった。
同じ役所の会合のたびに、酒宴が佳境になって、多くの役人たちを見まわして言うには、「私がどうして君たちと仲間になれるだろうか。」と。
その同僚たちは、みな憎んで見た。
任期が満了すると、辞職して帰って静かに暮らし、人と交際しないこと、一年余りだった。
その後衣食に窮迫し、そこで東の呉楚の地に行って、地方の上級官吏に援助を求めた。
李徴が呉楚の地にあって、一年余りになろうとし、もらった贈り物はたいそう多かった。
西の方の虢略に戻ろうとして、まだたどり着かなかった。
汝墳の宿屋に泊まり、突然、病気にかかって発狂した。
下僕を鞭打った。その苦しみは耐えがたかった。
こうして、十日余りで、病気はますますひどくなった。
まもなく夜中に狂って走り出し、李徴は行方知れずになった。

虎が言うには、「私は以前呉楚を旅していた。
去年まさに家に帰ろうとして、途中で汝墳に宿をとり、突然、病気にかかって発狂した。
夜に戸外で私の名を呼ぶ者がいるのを聞き、そのまま声に応じて外に出て、山や谷の間を走った。
意識しないで、左右の手で地面をつかんで歩いていた。
それからは、心はますますねじ曲がり、力はますます増えてくるのを感じた。
自分の肘やももをよく見てみると、毛が生えていた。
心の中でひどく不思議に思った。
そのうちに谷川に臨んで姿を映してみると、すでに虎になっていた。
かなり長い間悲しんで声をあげて泣いた。
しかしながら、やはり生き物を捕えて食べるのは忍びなかった。
時間が経って、腹が減って我慢できなくなり、そのまま山中のシカ、イノシシ、ノロジカ、ウサギなどの獣を捕えて食べた。
また時間が経って、獣たちは、みな遠くに避けて、捕えるものがいなくなり、飢えがますますひどくなった。
ある日婦人が山のふもとを通りかかった。
その時はまさに飢えが切迫していて、しばしば、うろうろと歩き回り、自分で抑制することができず、そのまま捕えて食べた。
特に美味しく感じた。今でもその髪飾りは大きな岩の下にある。
これ以来、冠をつけて車に乗る者、歩いて行く者、荷物を背負って走る者、翼があって空を飛ぶ者、毛が生えて速く走る者を見ると、力の及ぶ限り、すべて捕えて動きを封じ、すぐさま食べ尽くすのを、だいたい普通にしている。
妻子を思ったり、友達を思ったりしないわけではない。
ただ行為が天地の神に背いたため、一たび異獣に変身してしまい、人に対して恥じるところがある。
それゆえ異獣としての分際では会わないのだ。」と。

最初、私は宿屋の中で、病気のために発狂し、荒れた山に入り込んだ。
そして下僕が私の乗馬を走らせて衣装袋ですべて持ち逃げした。
私の妻子はまだ虢略にいる。
どうして私が異類に変身したことを知るだろうか。
君が南から帰ったならば、手紙を持っていって、私の妻子を訪ね、私がもう死んでしまったとだけ言い、今日のことは言わないように。
これを覚えておいてくれ。」と。
さらに言うには、「私は人間の世界に、何の財産もない。
子供はいるがまだ幼く、もちろん自分で生き抜くのは難しい。
君は中央の高官の地位にあり、いつも立派な態度を保っている。
昔の交際、どうして他人が勝ることなどありえようか。
どうかこの父親のいない幼子に配慮してほしい。
時々これを哀れんで救い、道端で飢え死にさせることがなければ、また大きな恩義だ。」と。
言い終わって、また悲しみ泣く。
袁傪もまた泣いて言うには、「私と君とは喜びも悲しみも共にする仲だ。
そうであれば君の子はまた私の子だ。
懇ろな依頼にそうように尽力するのは当然だ。
どうしてその不十分なことを心配するだろうか。」と。

虎が言うには、「私には以前に作った詩文が数十編ある。
まだ世間に伝わっていない。
たとえ残しておいた原稿があったとしても、当然、すべて散り散りに失せているだろう。
君、私のために記録に残してくれ。
実際、文人たちの噂の対象になれなくても、それでも子孫に伝えることを大切にするのだ。」と。
袁傪はすぐに従僕を呼び筆記を命じて、その言う通りに書き取らせた。
二十章近くになった。
文章は非常に格調高く、内容も非常に深遠だ。
読んで感歎すること、再三にわたった。
虎が言うには、「これは私が以前に行った仕事だ。
どうして伝えるのをやめられようか。」と。
やがてまた言うには、「私は詩を一編作りたいと思う。
思うに、私の外見は人間と違っていても、しかも中身には違いがないことを明白にしたいと思う。
また私の思いを表現して、私の憤りを述べたいと思うのだ。」と。
袁傪は再度役人に命じ、これを筆記させた。
詩に言うには、
  たまたま精神を病んで獣になってしまった。
  災難が重なって逃れることができない。
  今や、この爪や牙に誰が進んで刃向かうだろうか。
  その昔は、私も君も、よい評判が互いに高かった。
  私は、獣となって雑草の中にいるが、
  君は、すでに小さな車に乗って意気盛んである。
  この夕暮れ、山や谷を照らす名月に向きあって、
  声を長く引いて詩を吟じずに、ただほえ叫ぶだけである。    と。
袁傪がこれを見て驚いて言うには、「君の才知と品行、私はそれを認識した。
しかも君がこのようになったのを、君はいつも自分で残念に思わないでいられようか。」と。
虎が言うには、「陰陽の二つの気が万物を造ったのだが、元来は親疎厚薄の隔たりは無かったのだろう。
どんな時勢に遭遇し、どんな運命に遭遇するのか、そんなことは私もまたわからない。
ああ、顔子の不幸、冉有の病気を、孔子はかつて深くそれを歎いた。
もし自分で残念に思うことを振り返って考えれば、私もまたそれがある。
きっとそれに起因するのだろうと認識している。
私は旧友に遇ったならば、自分で隠すことはしない。
私はいつもこれを記憶している。
南陽の郊外で、かつて一人の未亡人とひそかに交際した。
その家の者がひそかに知り、いつも私を妨害しようとした。
未亡人は、そのため二度とは会うことができなかった。
私はそれで風を利用して火を放ち、一家数人を、すべて焼き殺して去った。
このことだけを残念に思っている。」と。

別れの言葉を述べる合うのが、たいそう長く続いた。
袁傪はそこで丁寧なあいさつをして馬に乗り、草むらの中を振り返ってみると、悲しみ泣く声を聞いて、耐えられない思いになった。
袁傪も同様に大声をあげて泣き、数里行って、嶺に登ってその場所を注意して見ると、虎が林の中から躍り出て荒々しく吠え、大きな巌も谷もみな揺れ動くほどだった。






Copyright プロ家庭教師タカシ All Rights Reserved