漁父の辞


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 [ 現代語訳・書き下し文1 ]

漁父辞 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 放つ … 追放する

・ 潭 … 淵、水を深くたたえた所

・ 遊ぶ … ぶらぶら歩き回る

・ 行 … 歩きながら

・ 畔 … ほとり、近辺

・ 憔悴す … やつれる

・ 形容 … 姿かたち

・ 枯槁す … やせ衰える

・ 非〜与 … 〜ではないか

   読み「〜に非ずや」(疑問)

・ 何故 … どうして

   読み「何の故に」(疑問)


 [ 現代語訳・書き下し文2 ]

漁父辞 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 挙げて … 残らず、ことごとく

・ 衆人 … 大勢の人

・ 是を以て … それで

・ 見〜 … 〜される

   読み「〜らる」(受身)

・ 聖人 … 徳の高い理想的な人

・ 凝滞す … こだわる

・ 能〜 … 〜できる

   読み「能く〜」(可能)

・ 推移す … 移り変わっていく


 [ 現代語訳・書き下し文3 ]

漁父辞 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 何不〜 … どうして〜しないのか

   読み「何ぞ〜ざる」(疑問)

・ 淈す … 濁るようにする

・ 糟 … 酒かす

・ 醨 … 薄い酒

・ 何故 … どうして

   読み「何の故に」(疑問)

・ 深く思ふ … 深刻に考える

・ 高く挙がる … 高潔に振る舞う

・ 令〜 … 〜させる

   読み「〜しむ」(使役)


 [ 現代語訳・書き下し文4 ]

漁父辞 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 沐す … 髪やからだを洗う

・ 冠を弾く … 冠のちりを払う

・ 浴す … 水や湯を浴びる、入浴する

・ 安〜乎 … どうして〜か

   読み「安くんぞ〜や」(反語)

・ 能〜 … 〜できる

   読み「能く〜」(可能)

・ 察察たり … 汚れのないさま

・ 汶汶たり … 汚れているさま


 [ 現代語訳・書き下し文5 ]

漁父辞 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 寧〜 … 〜のほうがよい

   読み「寧ろ〜」(選択)

・ 皓皓たり … 白く光り輝くさま

・ 塵埃 … ちり・ほこり

・ 蒙る … 身に受ける、頭からかぶる

・ 莞爾たり … にっこりと笑うさま

・ ? … 櫂

・ 鼓す … 音をたてる


 [ 現代語訳・書き下し文6 ]

漁父辞 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 乃ち … そこで、そして

・ 可〜 … 〜できる

   読み「〜べし」(可能) ・ 纓 … 冠の紐

・ 遂に … そのまま

・ 不復〜 … 二度と〜しない

   読み「復た〜ず」(部分否定)




     [ 原文 ]

屈原既放、遊於江潭、行吟沢畔。

顔色憔悴、形容枯槁。

漁父見而問之曰、「子非三閭大夫与。何故至於斯。」

屈原曰、「挙世皆濁、我獨清。衆人皆醉我獨醒。是以見放。」

漁父曰、「聖人不凝滯於物、而能与世推移。

世人皆濁、何不淈其泥而揚其波。

衆人皆醉、何不餔其糟而歠其醨。

何故深思高挙、自令放為。」

屈原曰、「我聞之、『新沐者必弾冠、新浴者必振衣。』

安能以身之察察、受物汶汶者乎。

寧赴湘流、葬於江魚之腹中、安能以皓皓之白、而蒙世俗之塵埃乎。」

漁父莞爾而笑、鼓?而去。

乃歌曰、

  滄浪之水清兮

  可以濯吾纓

  滄浪之水濁兮

  可以濯吾足

遂去、不復与言。


     [ 書き下し文 ]

屈原既に放たれて、江潭に遊び、行沢畔に吟ず。

顔色憔悴し、形容枯槁す。

漁父見て之に問ひて曰はく、

「子は三閭大夫に非ずや。何の故に斯に至るや。」と。

屈原曰はく、「世を挙げて皆濁り、我独り清めり。

衆人皆酔ひ、我独り醒めたり。是を以て放たる。」と。

漁父曰はく、「聖人は物に凝滞せずして、能く世と推移す。

世人皆濁らば、何ぞ其の泥を淈して其の波を揚げざる。

衆人皆酔はば、何ぞ其の糟を餔らひて其の醨を歠らざる。

何の故に深く思ひ高く挙がりて、自ら放たしむるを為す。」と。

屈原曰はく、「我之を聞く、『新たに沐する者は必ず冠を弾き、

新たに浴する者は必ず衣を振るふ』と。

安くんぞ能く身の察察たるを以て、物の汶汶たる者を受けんや。

寧ろ湘流に赴きて、江魚の腹中に葬らるとも、安くんぞ能く皓皓の白を以て、

世俗の塵埃を蒙らんや。」と。

漁父莞爾として笑ひ、?を鼓して去る。

乃ち歌つて曰はく、

  滄浪の水清まば

  以て吾が纓を濯ふべし

  滄浪の水濁らば

  以て吾が足を濯ふべし と。

遂に去つて、復た与に言はず。




     [ 現代語訳 ]

屈原は追放されて、川の淵をさまよい、

歩きながら沢のほとりで歌を口ずさんでいた。

顔つきはやつれはて、姿かたちは痩せ衰えている。

漁師が見て彼に尋ねて言った、「あなたは三閭大夫ではありませんか。

どうしてこのような境遇になったのですか。」と。

屈原が言った、「世の中の人は残らず濁っていて、私独りが清らかである。

大勢の人は皆酔っていて、私独りがさめている。それで追放されたのだ。」と。

漁師が言った、「聖人は物事にこだわらないで、

世の中の変化に順応することができます。

世の中の人が皆濁っているのなら、なぜ泥をかき混ぜて波を立てないのですか。

大勢の人が皆酔っているのなら、

なぜその酒かすを食べその薄い酒を飲まないのですか。

どうして深刻に思い悩み高潔に振舞って、

自分から追放されるようなことをするのですか。」と。

屈原が言った、「私はこう聞いている、

『髪を洗ったばかりの者は必ず冠の塵を払い、

入浴したばかりの者は必ず衣服の埃を振るい落とす。』と。

どうして潔白な身に、汚れたものを受け入れることができるだろうか。

いっそ湘江の流れに行って、川魚の腹の中に葬られても、

どうして潔白な身に、俗世間の塵や埃をかぶることができるだろうか。」と。

漁師はにっこり笑い、音をたてて櫂を漕いで去っていった。

そして歌って言った、

  滄浪の水が澄んでいれば、

  私の冠の紐を洗えばいい。

  滄浪の水が濁っていれば、

  私の足を洗えばいいと。

そのまま去って、二度と語り合わなかった。







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