枕中記


・ 「枕中記」は唐の時代に沈既済によって書かれた伝奇小説である。

・ 「黄粱の一炊」や「邯鄲の夢」という故事、また、世阿弥「邯鄲」や芥川竜之介「黄粱夢」という作品のもとになった小説である。

・ 縦書き、全漢字に読み、ひらがな

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 [ 現代語訳・書き下し文1 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 道士 … 道教の修行者

・ 神仙 … 神通力を得た仙人

・ 邸舎 … 茶店を兼ねた宿屋

・ 隠る … 寄りかかる


 [ 現代語訳・書き下し文2 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 短褐 … 短い粗末な着物

・ 青駒 … 黒い子馬

・ 言笑殊暢 … とても楽しそうに話す

・ 敝褻なり … 古びて汚らしい


 [ 現代語訳・書き下し文3 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 大丈夫 … 立派な男子

・ 諧ふ … 成功する

・ 困しむ … 金がなくて生活に苦しむ

・ 形体 … からだつき

・ 観る … 注意深く見る

・ 談諧方に適す … 今楽しげに話している


 [ 現代語訳・書き下し文4 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 苟に … かりそめに

・ 〜耳 … 〜だけだ

  読み「〜のみ」(限定)

・ 士 … 立派な男子

・ 当に … 確かに


 [ 現代語訳・書き下し文5 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 将 … 将軍

・ 相 … 宰相

・ 鼎を列ぬ … ごちそうを並べる

・ 声を選ぶ … 歌の上手な妓女を選ぶ

・ 昌ん … 栄える

・ 肥ゆ … 豊かになる


 [ 現代語訳・書き下し文6 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 学に志す … 学問の道に進む決心をする

・ 遊芸に富む … 学芸の才に秀でる

・ 当年 … そのころ

・ 青紫拾ふべし … 思いのままに出世できる

・ 適に … ちょうど

・ 壮 … 三十歳

・ 畎畝 … 田畑

・ 目昏む … 眠気を催す


 [ 現代語訳・書き下し文7 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 之に授く … 盧生に手渡す

・ 栄適 … 繁栄して快適なこと

・ 当〜 … きっと〜だろう

  読み「まさニ〜べシ」(再読文字)

・ 令A〜 … Aに〜させる

  読み「Aヲシテ〜しム」(使役)


 [ 現代語訳・書き下し文8 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 青瓷 … 青い色の焼き物

・ 竅 … 細い穴

・ 首を俛れる … 頭を伏せる

・ 之に就く … 枕に頭を置く

・ 漸く … 次第に

・ 身を挙ぐ … 体を起こす


 [ 現代語訳・書き下し文9 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 之を収らふ … 盧生を捕らえる

・ 惶 … 慌てる

・ 駭 … 驚く

・ 測る … 思考をめぐらす

・ 良田 … 肥えた田地

・ 寒餒 … 寒さと飢え

・ 禄 … 官吏の受ける給与


 [ 現代語訳・書き下し文10 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 此に及ぶ … 罪により捕らえられる

・ 可〜 … 〜できる

  読み「〜べシ」(可能)

・ 得〜 … 〜できる

  読み「〜う」(可能)

・ 之を救ふ … 盧生を思い止まらせる


 [ 現代語訳・書き下し文11 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 罹りし者 … 事件に巻き込まれた者

・ 中官 … 宦官

・ 保つ … かばう

・ 冤 … 無実の罪

・ 追ふ … 過去にさかのぼる


 [ 現代語訳・書き下し文12 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 欠伸 … あくび

・ 悟む … 気づく

・ 偃す … 伏せる

・ 熟す … 煮える

・ 触類 … 周りのものすべて

・ 故 … 以前


 [ 現代語訳・書き下し文13 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 蹶然たり … がばとはね起きるさま

・ 興く … 立ち上がる

・ 豈其〜也 … なんと〜なのか

  読み「あニそレ〜か」(疑問・詠嘆)

・ 夢寐 … 寝て夢を見る

・ 憮然たり … 深い感慨に沈むさま

・ 良 … 少しばかり

・ 久し … 長い時間がたっている


 [ 現代語訳・書き下し文14 ]

枕中記 現代語訳・書き下し文


     [ 語句・句法 ]

・ 寵辱の道 … 寵愛や恥辱に至る道

・ 窮達の運 … 困窮や栄達と運命の関係

・ 得喪の理 … 成功や失敗が基づく道理

・ 敢不〜 … どうして〜しないだろうか、きっと〜する

  読み「あヘテ〜ざランヤ」(反語)

・ 窒ぐ … すき間をなくす

・ 稽首 … 頭を地につけてする最も丁寧な礼

・ 再拝す … 丁寧におじぎする




     [ 原文 ]

 開元七年、道士有呂翁者、得神仙術。

 行邯鄲道中、息邸舎、摂帽弛帯、隠嚢而坐。

 俄見旅中少年。

 乃盧生也。

 衣短褐、乗青駒、将適于田、亦止於邸中。

 与翁共席而坐、言笑殊暢。

 久之、盧生顧其衣装敝褻、乃長嘆息曰、
 「大丈夫生世不諧、困如是也。」

 翁曰、「観子形体、無苦無恙、

 談諧方適。而嘆其困者、何也。」

 生曰、「吾此苟生耳。何適之謂。」

 翁曰、「此不謂適、而何謂適。」

 答曰、「士之生世、当建功樹名、
 出将入相、列鼎而食、

 選声而聴、使族益昌而家益肥。

 然後可以言適乎。

 吾嘗志于学、富於遊芸、

 自惟当年青紫可拾。

 今已適壮、猶勤畎畝、非困而何。」

 言訖、而目昏思寐。

 時主人方蒸黍。

 翁乃探嚢中枕、以授之曰、

 「子枕吾枕。当令子栄適如志。」
 其枕青瓷、而竅其両端。

 生俛首就之、見其竅漸大明朗。

 乃挙身而入、遂至其家。


 府吏引従至其門、而急収之。

 生惶駭不測、謂妻子曰、「吾家山東、

 有良田五頃、足以禦寒餒、何苦求禄。
 而今及此、思衣短褐、乗青駒、

 行邯鄲道中、不可得也。」

 引刃自刎。其妻救之、獲免。

 其罹者皆死、独生為中官保之、

 減罪死、投驩州。

 数年、帝知冤復追為中書令、

 封燕国公、恩旨殊異。


 盧生欠伸而悟、見其身方偃於邸舎、

 呂翁坐其傍。

 主人蒸黍未熟、触類如故。

 生蹶然而興曰、「豈其夢寐也。」

 翁謂生曰、「人生之適、亦如是矣。」

 生憮然良久。

 謝曰、「夫寵辱之道、窮達之運、

 得喪之理、死生之情、尽知之矣。

 此先生所以窒吾欲也。敢不受教。」

 稽首再拝而去。


     [ 現代語訳 ]

開元七年、道教の修行者に呂翁という者がいた、神仙術を修得していた。

邯鄲まで旅行していて、宿屋に休息し、帽子を取って帯を緩め、荷物袋に寄りかかって座っていた。

ちょうど通りがかった若者が目に入った。

すなわち盧生である。

短い粗末な着物を着て、黒い子馬に乗り、田畑に行こうとして、同様に宿屋に立ち寄った。

呂翁と同じ席に座り、とても楽しそうに話していた。

長い時間そのようにして、盧生が、自分の衣服が古びて汚らしいのをつくづく眺め、そこで長いため息をついて言うには、

「立派な男子として世の中に生まれながら成功しないで、このように生活に苦しんでいます。」と。

呂翁が言うには、

「あなたの身体を観察すると、悪い所がなく病気でもなく、今楽しげに話している。

それなのに、自分が貧乏に苦しんでいるのを嘆いているのは、どうしてなのか。」と。

盧生が言うには、「私はただ生きているというだけです。どうして快適だと言いましょうか。」と。

呂翁が言うには、「これを快適だと言わなくて、何を快適だと言うのだろうか。」と。

答えて言うには、「立派な男子として世に生まれたからは、必ず手柄を立て名声を挙げて、朝廷の外であれば将軍、朝廷の内であれば宰相になり、

ごちそうを並べて食べ、歌の上手な妓女を選んで聴き、一族をますます繁栄させて、一家をますます裕福にする。

それで初めて快適だといえるのではないでしょうか。

私は、以前、学問の道に進む決心をし、学芸の才に秀でて、自分では、そのころ、思いのままに出世できると思っていました。

現在すでにちょうど三十歳ですが、やはり田畑の仕事に励んでいます。貧乏に苦しむのでなければ何なのでしょうか。」と。

言い終わると眠気を催し寝ようと思った。

その時、主人はちょうど黍を蒸そうとしていた。

呂翁はそこで袋の中の枕をさぐり出し、これに手渡して言うには、

「あなたは私の枕で眠りなさい。きっとあなたを望み通りに栄達させるだろう。」と。

それは青い色の焼き物の枕で、その両端に細い穴があいていた。

盧生がうつむいて枕に頭をつけると、その細い穴が次第に大きく明るくなるのが見えた。

そこで盧生が体を起こして入ると、そのまま自分の家に到着した。


府の役人が従者を引き連れてその門前にやって来て、不意に捕らえようとした。

盧生は驚き慌てて、どうしていいかわからず、妻子に向かって言うには、

「私が山東に住んでいたとき、肥えた田地が五頃あり、寒さや飢えを十分しのげたのに、なぜ苦労して仕官しようとしたのだろうか。

今このような状態になったからは、短い粗末な着物を着て、黒い子馬に乗り、邯鄲まで旅行しようと思っても、できないことだ。」と。

刀を引き寄せて自分の首を切ろうとした。

その妻がこれを止めて、死をまぬかれることができた。

その事件に巻き込まれた者は皆死んだが、ただ盧生だけは宦官がかばったので、死罪を減刑されて、驩州に流された。

数年たって、帝は無実の罪であったのを知って、再びもとのように中書令に任命して、燕国公に封爵し、恩恵は格別だった。


盧生があくびをして目覚めると、自分自身はまさに宿屋で伏せていて、呂翁がその近くに座っているのが見えた。

主人は黍を蒸していて、まだ蒸しあがらず、周りのものすべてがもとのままだった。

盧生ががばとはね起きて、立ち上がって言うには、

「なんと寝て夢を見ていたのか。」と。

呂翁が盧生に向かって言うには、

「人生における快適も、同様にこのようなものだ。」と。

盧生は、少し長い時間、深い感慨に沈んでいた。

感謝して言うには、

「そもそも、寵愛と恥辱へ道筋、困窮と栄達の運命、成功と失敗の道理、死と生の実情、それらをすべて知りました。

これが先生が私の欲望を塞ごうとした理由なのですね。

どうして教えに従わないでしょうか。」と。

頭を地につけて丁寧なおじぎをして立ち去った。


     [ 書き下し文 ]

開元七年、道士に呂翁といふ者有り、神仙の術を得たり。

邯鄲の道中を行き、邸舎に息ひ、帽を摂り帯を弛め、嚢に隠りて坐す。俄かに旅中の少年を見る。

乃ち盧生なり。

短褐を衣、青駒に乗り、将に田に適かんとし、亦邸中に止まる。

翁と席を共にして坐し、言笑殊に暢びやかなり。

之を久しくして、盧生其の衣装の敝褻なるを顧みて、乃ち長嘆息して曰はく、「大丈夫世に生まれて諧はず、困しむこと是くのごときなり。」と。

翁曰はく、「子の形体を観るに、苦無く恙無く、談諧方に適す。而も其の困しむを嘆ずるは、何ぞや。」と。

生曰はく、「吾は此れ苟に生くるのみ。何ぞ適すと之れ謂はん。」と。

翁曰はく、「此れを適すと謂はずして、何をか適すと謂はん。」と。

答へて曰はく、「士の世に生まるるや、当に功を建て名を樹て、出でては将入りては相、鼎を列ねて食らひ、声を選びて聴き、族をして益昌んにして、家をして益肥えしむ。然る後以て適と言ふべきか。

吾嘗て学に志し、遊芸に富み、自ら惟へらく当年青紫拾ふべしと。今已に適に壮なるも、猶ほ畎畝に勤む。困しむに非ずして何ぞや。」と。

言ひ訖はりて目昏み寐ねんことを思ふ。

時に主人方に黍を蒸す。

翁乃ち嚢中の枕を探り、以て之に授けて曰はく、「子吾が枕に枕せよ。当に子をして栄適志のごとくならしむべし。」と。

其の枕は青瓷にして、其の両端を竅にす。

生首を俛れて之に就くに、其の竅漸く大きく明朗なるを見る。

乃ち身を挙げて入り、遂に其の家に至る。


府吏従を引きて其の門に至りて、急に之を収らへんとす。

生惶駭測られず、妻子に謂ひて曰はく、「吾山東に家せしとき、良田五頃有り、以て寒餒を禦ぐに足りしに、何を苦しみて禄を求めしや。

而今此に及びては、短褐を衣、青駒に乗りて、邯鄲の道中を行かんと思ふも、得べからざるなり。」と。

刃を引きて自刎せんとす。其の妻之を救ひ、免るるを獲たり。

其の罹りし者は皆死せるに、独り生のみ中官の之を保ちしが為に、罪死を減ぜられて、驩州に投ぜらる。

数年にして、帝冤なるを知り、復た追ひて中書令と為して、燕国公に封じ、恩旨殊に異なり。


盧生欠伸して悟むるに、其の身は方に邸舎に偃し、呂翁は其の傍らに坐するを見る。

主人黍を蒸して未だ熟せず、触類故のごとし。

生蹶然として、興きて曰はく、「豈に其れ夢寐なるか。」と。

翁生に謂ひて曰はく、「人生の適も、亦是くのごとし。」と。

生憮然たること、良久し。

謝して曰はく、「夫れ寵辱の道、窮達の運、得喪の理、死生の情、尽く之を知れり。此れ先生の吾が欲を窒ぐ所以なり。敢へて教へを受けざらんや。」と。

稽首再拝して去る。






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